ホームへ戻る ペルー基本情報
ペルーって、どんな国?ペルーに行く前に!ペルー各都市案内
お役立ち情報
ペルーの民芸品・食料品高山病についてペルーの通貨いろいろ
ペルー交通案内
飛行機鉄道各種交通標識
                               予約・お問合せ
尚、列車の運行スケジュール等については、ペルー交通案内の鉄道ページをご参照下さい。



クスコ・アグアスカリエンテス線の歴史は1905年、ペルー国会でこの路線の建設が承認され1907年から建設が始まりました。
この鉄道建設は、アンデス山脈から内陸側に入ったところ、亜熱帯のジャングル地域にに位置する都市、キヤバンバで生産される
良質なカカオとコーヒーを、クスコ経由で海岸地方の港に輸送し、そこから海外に輸出するというのが主な目的であったと言われて
います。

ウルバンバ川が流れる深く険しい渓谷沿いでの敷設工事は、当時の記録によると難航を極め、多くの犠牲者を出したと記録され
ており、その大半が地元のインディヘナであったと言われています。
また、記録では日本人移民の存在も確認されており、その中のノウチ(野内?)氏とされる人物は、1941年にアグアスカリエンテ
スに行政機関が置かれる前、集落が形成された初期の頃の中心的人物であったという言い伝えも残っています。今でも、そのノ
ウチ氏の子孫は、アグアスカリエンテスで食堂を営んでおり、ガイドブックなどでも「AIKO」という名前で知られています(AIKOは孫
の名前とのことで、現在、彼女はキヤバンバ在住)。
 
1928年には建設の最終地点、キヤバンバまで到達し、以降、大量のカカオやコーヒーが、この鉄道を利用して欧米に輸出され、
当時「陸の孤島」と言われたキヤバンバの町は、空前の輸出景気に沸いたと言われています。特に、この時期を境に多くのヨーロ
ッパ系移民が入植し、機械化と豊富な資本で発展を遂げてきました。現在、ペルー大手の製菓会社WINTER社も、この地域で商
売を始めたポーランド系ユダヤ人が創設者であることは、ペルーで広く知られているようです。
そんな、歴史を持ったキヤバンバも1997年、大雨による崖崩れが原因でアグアスカリエンテス・キヤバンバ間の線路が、壊滅的
な打撃を受けた結果、廃線になってしまいました。その影響でクスコからの鉄道でのアクセスを失い、現在は大きく迂回する未舗
装道路を利用してバスによる旅客輸送や、トラックを利用したカカオ・コーヒーの輸送方法のみが残る形となっています。
 
現在のキヤバンバ(アルマス広場) 取り残された車両 線路が無いのに注目

以上のように、貨物輸送が主な目的だった鉄道建設において、1911年、アメリカの考古学者ハイラム・ビンガムが、マチュピチュ
山頂に建設されたインカ時代の巨大な遺跡の存在を確認し、世界に発表したことで、鉄道の利用価値の比重は、貨物輸送から観
光客を遺跡へ運ぶ旅客輸送に変動してゆくことになりました。特に、麓から遺跡までの車道が開通した1948年以降は、内外から
多くの訪問者が、この鉄道を利用したと言われています。
1999年、ペルー政府の公企業民営化計画により、これまで鉄道を運営してきたペルー国営鉄道ENAFER社からイギリス資本の
オリエント・エクスプレス社傘下のPERURAIL社に業務が引継がれています。
数少ないトンネル(1928年完成)
(C) PERURAIL S.A.
列車は渓谷伝いに蛇行を繰り返す
(C)PERURAIL S.A.




外国人観光客の乗車が認められていない、ローカル列車に一部、日本製の車両が使われていることは、一般に良く知られていな
いようですが、ここでは、その珍しい車両を紹介してみましょう。
以下に紹介する車両は、日本の近畿車両株式会社(本社:大阪)が1962年に製造した輸出向けタイプの客車となっています。
当時、ペルー国鉄(ENAFER)が日本に発注したもので、リマ郊外のカヤオ港に陸揚げされた車両は、解体されてクスコに搬送さ
れ、現地で再組み立てされたそうです。現在でも数両が現役で運行しています。
東欧製の車両が意外と老朽化しているのに対し、この日本製の車両はそれ以前に製造されているにも拘わらず、現在も老朽化が
目立たないのは、日本の製造技術の高さによるものなのでしょう。
近畿車輛は日本の私鉄・JRに車両を納入している日本大手の鉄道車両製造会社です。1960年代の高度成長期には多くの車
両がここで製造され、海を渡ったと言われており、1962年には地下鉄・路面電車など合計1300両以上がエジプトに納入されたと
いう
実績があるそうです。


以下の写真は見やすいように旧国鉄(ENAFER)カラーでの画像を紹介しています。現在はネービーブルーのPERURAILカラーで塗装されています。
車体は輸出向けタイプ
だけに、日本のものと
は形状が異なる。
エンブレムにはKINKI
OSAKA JAPON 1962
と表記されている。
車輪付近にはOSAKA
JAPON KINKISHARYO
と表記されている。
車両内部の画像。
内装は当時のままで
使用されている様子。




さあ、いよいよ出発です。
よく、列車に乗る場合、座る座席は進行方向の右左で、どちらが景色が良いとか悪いとか、いろいろ言われているようですが、基
本的に事前予約した場合でも、旅行代理店が予約確認した時点で鉄道会社は、座席番号を与えません。
と言うことで、お客様が事前に旅行代理店にお支払いした時点で、それを確認した旅行代理店が駅に行って、空いている席の乗
車券を購入代行すると言う形になっていますので、このリクエストだけは、どの旅行社も保証出来ないというのが実情です。
よって、100%確実とは言えませんが、早めの事前予約と、早めのお支払いによっては、ゲットの可能性が高まるようです。

クスコを出発するマチュピチュ方面行きの列車は、全て市内のサンペドロ駅(ESTACION SAN PEDRO)から出発します。ビスタドー
ムはクスコ発が、早朝の6:00となっているので、最低でも発車時刻の15分前には駅に到着しましょう。時間的には、結構ルーズ
な南米と言われていても、鉄道会社はイギリス資本。特に運行環境に問題が無ければ、列車はほぼ定刻に出発します。
万が一、列車に乗り遅れるようなことがあれば、速やかに乗車券を手配して貰った旅行代理店の緊急連絡先に連絡して下さい。
ニシカワ・トラベルでは、お客様のトラブルに対して24時間体制で日本語での連絡が取れるよう、ホットラインを数回線繋がる状態
に保っていますので、トラブルの処理が遅れるなどで問題の傷口が広がらないよう、迅速なご連絡をお願いします。
そんな場合に備えて、公衆電話用の1ソル硬貨は、必ず余裕を持って枚数常備されることをお勧めします。
また、ご自分で乗車券を購入された方は速やかに、タクシーを探して、列車が次に停車するポロイ駅(ESTACION POROY)に先回
りして下さい。6:45分に列車はポロイ駅に到着します。タクシーを飛ばせば、20分程度でポロイに到着出来るはずです。

        

 これが乗車券の表紙
   クラスによって色が異なる
 表紙を開くと、乗車券が2枚重ねて綴じてある
   ご注意:バス券と遺跡入場券がセットになった乗車券は
        公式には存在しません。


ここからは、列車に乗ってアグアスカリエンテスに、到着するまでの一連の流れを、それぞれの画像と共に説明していきたいと思
います。ただ、運行環境やその他、突発的な要因でスケジュールが事前に変更したり、当日変更されたりする場合も、稀にありま
すので、旅行会社や鉄道会社からの特別な情報には、細心の注意を払いましょう。

サンペドロ駅
時刻 05:35頃
まだ薄暗いサン・ペドロ駅。
マチュピチュ方面行きの列車は、この駅が始発となります。
構内に入る前に鉄道会社のスタッフが乗車券をチェックしますので、すぐに
提示が出来るよう、ご用意下さい。

出発の鐘に注意
現在の鉄道経営はイギリス資本のオリエント・エクスプレス社。
列車の運行は、ルーズな南米時間ではなく正確な時間運行です。
鐘3回: 出発10分前
鐘2回: 出発5分前
鐘1回: 出発

ホームにて
時刻 05:45頃
構内のプラットホームで、チケットに表示された車両(A・B号車等と表示)を見つ
けましょう。車両は先頭からA号車、B号車の順です。

乗車します!
各車両の乗車口付近では、列車乗務員が乗客リストと乗車券を確認しています
ので、チェックを終えて乗車しましょう。

ビスタドームは、こんな列車
ビスタドーム列車は機関車で牽引しない起動車。
スペイン製で、現在の会社オリエント・エクスプレスが解体して、クスコに持ち
込んだもの。

(C) PERURAIL S.A.

客車内部
列車は全席進行方向に向いています。
左右の天井にある天窓がビスタドームという名前の由来。
冷暖房が無いだけに、冷え込む朝夕を考えてちょっとした防寒着の用意をお勧
めします。

では、出発
時刻 06:05
さすが、イギリス資本の鉄道会社!
列車は、出発の鐘の音と共に、ほぼ定刻に出発します。

スイッチバック
出発して暫くすると、列車は前後に移動しながらスイッチバックを繰り返し
ます。
日本でも数少なくなった(もしかしたら消えた?)高山鉄道の山岳越えの
移動方法だけに、要チェックです。ちなみに、このジグザグは計4回です。

クスコの全景
山越えの車窓から見るクスコの街。
天気が良ければ、南ペルー最高峰のアウサンガテ山が見えることもあります。

民家の屋根には?
これはトリート・デ・プカラ(Torito de Pucara)と呼ばれる、屋根の置物で、
この地方の家屋には、沢山置かれているようです。
沖縄で言う、シーサーみたいな感じでしょうか。

もっと拡大!
簡単に言えば、厄除けのお守りみたいなもの。
中央の十字架は信仰の証。そして、2頭の牛は勤勉さを表現しているよう
です。また、十字架にぶら下がった小さな壷には、それぞれ水(火事除け)と
チチャ酒(魔除け)が入っているそうです。

最高地点を越えて
時刻 06:35頃
ここがルート上の最高地点(標高3678m)。
目印はこのアーチ(スペイン時代の水道橋)となります。これを通過すると、
列車はゆっくりと高度を下げながら走ります。

クスコを抜けて
最高地点のアーチを越えて、列車はクスコを抜けます。
ちょっとした田園風景をご覧下さい。天気が良ければ進行方向の向こうに、
万年雪を抱いて連なる山脈が見えるでしょう。

ポロイ駅到着
時刻 07:00頃
1番目の停車駅はポロイ駅。かつて、インカの残党を追って進軍したスペイン
軍が、この場所で進軍を阻まれた時、¡No podemos avanzar por hoy!(今日
のところは
、これ以上進めない!)と言ったことからポロイ(POROY)という地名
になったと言われています。
ここで、約3分停車です。

車内サービス
時刻 07:30頃
ポロイ駅を発車すると、朝食サービス(無料)が始まります。
早朝すぎて、ホテルで朝食がとれなかった人への、優しい配慮なのかも知
れません。飲み物はコーヒー・紅茶・コカ茶からお選び下さい。

車内食を公開
これが、車内食です。
画像は左からコーヒー、シュークリーム、フルーツ、パンとなります。

列車は平原を走る
暫く列車は、家屋の点在する平原を走ります。
線路沿いには牛などの家畜の姿が、ちらほら見えてくるようです。

平原から峡谷へ
時刻 07:30頃
列車は広い平原から、峡谷に入ります。
暫くすると列車は1回だけスイッチバックに入ります。

ウルバンバ川が登場!
時刻 08:05頃
ここから列車は、ルート上で唯一の鉄橋を渡って、マチュピチュまでウルバンバ
川沿いに走ります。

段々畑が登場
鉄橋を渡ると、左右にインカ時代の段々畑が見えてきます。
このウルバンバ渓谷は、比較的温暖な気候と肥沃な土壌が特徴で、インカ
時代からの穀倉地帯として知られています。

オヤンタイタンボ駅到着
時刻 08:25頃
2番目の停車駅が、この駅。
ウルバンバやピサックなどに宿泊していた観光客は、この駅から途中乗車し
ます。約5分間の停車です。
車内は禁煙なので、タバコを吸う人は、ここで一服出来ますが、乗り遅れない
ようにして下さい!

右側に雪山が!
オヤンタイタンボを出て、暫く走ると右側に雪山が登場します。
(但し、曇っていると見えませんが・・・)

(C) PERURAIL S.A.

列車は蛇行を繰り返す
列車は渓谷の川沿いを蛇行しながら走ります。

82キロ地点通過
時刻 08:40頃
列車は3泊4日のインカ道トレッキング基点となる82キロ地点を通過します。
画像中央下の橋を渡って、山道を登ってゆく登山者が見えるでしょう。

だんだん狭い渓谷に
渓谷が狭くなって来ると同時に、草木が増えてくるのが分かるでしょう。
線路沿いにはサボテンやアロエのような植物が目立ってきます。

ヤクタパタ遺跡
時刻 08:50頃
進行方向左側に見える山の中腹にヤクタパタ遺跡が登場です。
これが見えると1番目の小さなトンネルを通過します。

88キロ地点通過
時刻 08:55頃
オーソドックスではないですが、ここ88キロ地点もインカ道トレッキングの基点
です。画像の橋は現代の釣り橋ですが、基礎部分はインカ時代の建造です。
釣り橋の左側部分の石垣に注目下さい。

すぐにトンネルを抜けると、また段々畑!
88キロ地点を通過すると、すぐに2番目のトンネル通過です。
トンネルを抜けると、綺麗なインカ時代の段々畑が広がります。

景色は亜熱帯地域に変わる!
時刻 09:00頃
3番目のトンネルを抜けました。
景色はアンデスの山岳地域とは異なり、すっかり亜熱帯な風景に変ってしま
いました。この辺りには、既にかなりの種類のランが生息しているようです。
このあと、単線を走る列車は対向車両とのすれ違いの為、一時停車します。

104キロ地点
時刻 09:35頃
連続する小さなトンネルを通過すると104キロ地点到着です。
ここから近代に造られたマチュピチュに向かう山道(インカ時代の道ではない
ですが・・・)を、約7時間歩いてマチュピチュ遺跡を訪問する人は、ここで下車
します。ただし、このルートの利用は、事前の入山許可が必要です。

ウィニャイワイナ通過
時刻 09:40頃
段々畑の遺跡、ウィニャイワイナが登場します。
1941年、ペルー考古学の父と呼ばれるフリオ・C・テーヨが発見した遺跡とし
て有名です。

水力発電所
ウィニャイワイナ遺跡を通過すると、小さな水力発電所が登場します。
マチュピチュ電力公社運営のこの発電所は、この地域に電力を供給してい
ます。

アグアスカリエンテスに到着
時刻 09:50頃

最後のトンネルを抜けると、終着駅のアグアスカリエンテス到着です。
お疲れ様でした! バス乗り場へ向かいましょう!
駅で待つポーターに荷物を預けましょう!
プラットホームで待っているホテルは以下の通り。
SANCTUARY LODGE
HATUCHAY TOWER HOTEL
駅舎を出た門の外で待っているホテルは以下の通り。
HOSTAL PRESIDENTE  INTI INN
MACHUPICHU PUEBLO  HOSTAL MACHUPICCHU
MACHUPICCHU INN  HOSTAL MACHUPICCHU
GRINGO BILL`S 他


帰路の注意

列車の出発時刻、20分前までには集合場所の駅舎にご到着下さい。
時間はほぼ定刻ですので、遺跡からアグアスカリエンテスに降りるバスの所要時間(約25分)を十分計算に入れて、余裕を持って下山しましょう。

(画像はアグアスカリエンテス駅舎)




アグアスカリエンテスに到着したら、そのまま遺跡に向かいましょう!
バスは列車の発着時間にあわせて集中運行しています。それ以外の時間帯は30分に1本。それも乗客が集まらなければ、待
たされる事もしばしばです。列車停車場所近くには、地域で名の知れた各ホテルのポーターがホテルの看板と一緒に、待機し
ていますので、遺跡へ持っていくと邪魔になる荷物は、そこでホテル・クーポンを提示して預けて下さい。
バス乗場は、小さなアグアスカリエンテスの町で1箇所だけとなっています。列車を下車した人々は、殆どがバス乗場に向かい
ますので、人の流れに沿って行けば、大丈夫です。


遺跡行きバス(30人乗)
これがマチュピチュ行きバスの乗車券
  無い人はチケット売場で購入しよう!

バス乗車券売場
売場に掲示されている運行時間表
予約・お問合せ
このサイトはリンクフリーです。バナーはここからどうぞ!
このサイトに関するお問い合わせについては、以下にメールをお願い致します。
(MAIL) 掲載する写真と内容の使用と転載に関しては、一部著作権を有するマテリアル
を含んでいますので、利用に関しては弊社へご照会お願い致します。
Copyright(C)2005 Nishikawa Travel E.I.R.L.