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UNESCO世界遺産登録: 1983年12月
遺跡所在地: クスコより北西122.5km
(線路の距離での計測)
南緯:13度9分23秒
西経:71度32分34秒
海抜: 2490.51m(聖なる広場付近)
気候: 亜熱帯
乾期  4月〜10月
雨期  11月〜5月
年間平均気温: 最低 8〜11℃
最高 19〜22℃
ペルー文化庁(INC)のデータによる。

マチュピチュ(Machu Picchu)とは「古い峰」を意味するケチュア語。
インカ時代の遺跡として、アンデスとジャングルの境界付近に位置し、その建設時代の背景や、目的については、今現在も謎に包ま
れています。ジャングル民との抗争のための軍事施設、ジャングル民との交易施設、スペインから逃れてインカ帝国の中枢機構を移
した遷都説、特別な宗教儀式を行った宗教聖地説など、様々な説が考古学関係者達から出ているようですが、何も証明されていない
と言うのが、現状です。
遺跡(農地と市街地で構成)は、この古い峰に建設された部分の他に、上の写真に見える尖った山、ワイナピチュ(Wayna Picchu若
い峰)もその一部とされ、この山の頂にも建造物や段々畑が残っています。
インカ時代、この遺跡がどのように呼ばれていたかは明らかでありません。と言うわけで、現在の呼称は、アメリカ・エール大学の考
古学教授であった発見者ハイラム・ビンガム(Hiram Bingham)が、1911年の発見時に現地の人々から教えてもらった名称が、遺跡
名になったと言われています。




マチュピチュへは、基本的に列車が唯一の移動方法となっています。
クスコから鉄道112キロ地点に位置する、標高2040mの終点駅
アグアスカリエンテスを下車して、バスに乗って約25分で遺跡に
到着します。

バスのアグアスカリエンテス発は、バス乗場の時刻案内では6:30
となっている(最終は13:00)。また、遺跡からアグアスカリエンテス
に降りるバスは11:00が始発、17:30が最終となっていますが、
乗客の数や列車運行時間によって、相当フレキシブルな運行になって
いますので、ご利用の際には現地で十分にご確認下さい。
列車についてはペルー交通案内の「鉄道」のページでも案内していま
すので、そちらもご参考下さい。
尚、時期によっては非常に列車が込み合う場合もあり、直前に乗車券
を購入するのが非常に困難な場合もありますので、心配な方は事前に
予約されることをお勧めします。
バス乗車券 遺跡入場券


      
     【鉄道ルート・マップ】
          


上記、鉄道を利用して、遺跡麓の町アグアスカリエンテスを経由してマチュピチュ遺跡に入る方法の他にも、列車を途中下車して
徒歩で遺跡に入るルートもあります。以下、ご案内する3泊4日のインカ道トレッキングと1泊2日のマチュピチュ・ショート・トレッキ
ングについては、現在、入山管理局で許可を取得するため、ツアーでの参加のみが認められており、個人でこのルートを自由に歩
くことが出来ないようになっています。また、最近、1日の入山人数の制限等で、参加が難しくなっていますので、予約は最低でも
1ヶ月前以上が必要(時期によっては2ヶ月前!)
ですので、ご注意下さい。
尚、これらのツアーはエコノミーな英語グループツアーと、個人ガイドを利用するプライベートツアーがありますが、いずれも、ご希望
の方は更に早めのご予約をお勧めします。

3泊4日インカ道トレッキング -参加に関して-
日程でもおわかりのように、特にグループ
ツアー参加の場合は、ある程度の体力が
必要ですので、参加の際には十分ご討
下さい。
また、スリーピングバッグは、現地貸出し
も可能ですが、出来れば持参頂いた方が
ベストかと思います。
その他、日焼止め、サングラス、防寒着、
虫除剤、ミネラルウォーターが必携です。
また、アスピリン・下痢止め等の常備薬、
水の浄化剤(クスコで購入可)の持参も
お勧めします。
その他、登山用のストック・ステッキ(ステ
ィック)も移動に効果的です。

ルートの殆どがインカ時代のインカ道です
ので、時間と体力に自身のある方には、
参加をお勧めします。
1日目 早朝 クスコのホテルをピックアップ
バスで82km(標高2600m)地点へ移動 -所要2.5時間-
約4kmトレッキング後、ミスカイ地区で昼食
昼食後、約2kmトレッキング 
展望台からヤクタパタ遺跡展望
約8kmトレッキング
17:30頃、ベースキャンプ地点のワイヤバンバ(3000m)
到着 夕食
キャンプ泊
2日目 朝食後、6:00出発 約3時間トレッキング
ユユチャバンバ(3850m)到着後、昼食
昼食後、1.5時間のトレッキングでFIRST PASS(4200m)
通過 
16:00頃、ベースキャンプ地点のパカイマユ(3500m)
到着 夕食
キャンプ泊
3日目 朝食後、6:00出発
ルンクラカイ遺跡(3800m)訪問
SECOND PASS(3900m)通過
サヤクマルカ遺跡(3600m)訪問
昼頃、THIRD PASS(3650m)を通過して、プユパタマルカ
遺跡(3580m)到着 昼食
午後、トレッキング(ダウン)で約2時間、ウィニャイワイナ遺跡
(2650m)訪問
16:00頃、遺跡近くのキャンプ地点着 夕食
キャンプ泊
4日目 朝食後、5:00出発 約1.5時間のトレッキング
インティプンク遺跡訪問後、約40分のトレッキングで7:00頃
マチュピチュ遺跡(2490m)到着
一旦、荷物を遺跡の手荷物預かり所に預けて、約2時間程度
遺跡散策
その後、バスに乗って(約30分)アグアスカリエンテスへ
午後の列車でクスコに移動
1泊2日マチュピチュ・トレッキング -参加に関して-
ミネラルウォーター、日焼止め、サングラ
ス、帽子、虫除剤等を事前にご用意され
ることをお勧めします。
また、ルートは山道だけに、ストック・ステ
ッキの利用も効果的です。

3泊4日の本格的なものは厳しい。でもイ
ンカ道を少しだけでも歩いてみたいという
方には、ウィニャイワイナ遺跡の少し上辺
りからマチュピチュ遺跡までの一部がインカ道となっていますので、ご希望の方は
ご参加ください。

1日目 早朝 クスコのホテルをピックアップ
列車にてアグアスカリエンテス方面へ移動
鉄道104km地点にて列車を途中下車
チャバンバ遺跡訪問、その後、約3時間トレッキング
ウィニャイワイナ遺跡見学
途中、ボックスランチ休憩を絡めて、インティプンク(太陽の門)
を見学してマチュピチュ遺跡に5:00頃到着
5:30頃遺跡からバスに乗ってアグアスカリエンテスへ移動
アグアスカリエンテス泊
2日目 早朝 マチュピチュ遺跡へ移動
遺跡をガイドと約2時間程、見学
見学後、フリー
遺跡からアグアスカリエンテスに戻って、午後の列車に乗って
クスコへ移動



マチュピチュ遺跡の存在は、クスコ在住のアグスティン・リサラーガ(Agustin Lizarraga)が1902年に到着し、その存在を地元の人々
が広く知るようになる以前の16世紀の古文書に、既にスペイン人侵略前からの遺跡として地名と位置が記されているようです。
という訳で、アメリカ・エール大学の考古学教授であったハイラム・ビンガム(Hiram Bingham)が、1911年7月24日に発見したとい
うのは、考古学上の見地からマチュピチュ遺跡の存在を発見して、世界に証明したということを意味します。

近年、多くの遺跡に関する諸説が考古学者によって発表されていますが、現在も多くのガイドが説明の基礎にしているのが、1911
年9月から1915年にビンガムとペルー政府が共同で行った、第1回発掘調査の結果報告がベースになっているようです。
そして、これまでに行われてきた数多くの調査研究結果により、推測や解釈も従来より大きく発展するようになりました。

ハイラム・ビンガムの発見から、約1世紀近くの年月が経とうとしている現在、これまでにこの遺跡から出土したものは、土器・青銅
器・人骨やミイラがその殆どを占めています。近年、唯一見つかったのが金のブレスレットで、水汲み場近くの小さな広場に1本だけ
立っている樹木の近くから出土しています。




その建設目的と時代背景については、現在も謎に包まれたままに
なっています。
近年の発掘や様々な研究調査によって、諸説があるようですが、
特にスペイン人がクスコ方面を侵略して以降、インカ帝国の中枢
機構がスペイン人に発見されにくい場所にこの遺跡を建設したとい
う説は、既に16世紀の古文書に遺跡の存在が記されていたことを

考えると、短期的な建設は難しいのではないかと言われています。
現在、有力な説としては、広大なアンデス地帯を中心に大帝国を
築いた9代インカ皇帝パチャクテクが君臨した15世紀中頃から終わ
り(その後、約50年ほど後にスペイン人が進入)辺り、ちょうど聖な
る谷からオヤンタイタンボ一帯の整備が進められていた頃に、マチ
ュピチュも遺跡建設が始まり、スペイン人がこの地を支配し始めた
頃に建設が終了したというものがあります。

当時、広大な支配を誇ったインカ帝国ですが、正確にはアンデス内
陸のジャングルまでは完全に支配していなかったとされ、帝国はしばし、ジャングルの民と、トラブルを起こしていたと言われていま
す。そのような理由から、この遺跡はジャングル支配の重要な前線基地であり、また、この地域の温暖な亜熱帯の気候で育つ、ア
ンデスの高地には無い植物(コカも含まれる)や動物、鳥の羽などの貴重な産物を帝国の首都クスコに運ぶ、経済的な要所であっ
たのではないかと考えられているようです。
そんな帝国の辺境の要所も、スペインの侵略を境に、彼らの支配が及ばない格好の場所として、帝国の政治的中枢機構を移した
のではないかと推測されています。

ただ、、このマチュピチュ遺跡については、はっきりしたことが何も無いこと、口頭伝承も信憑性を伴わない場合が多いことを考えると、
上記の説明も真実を裏付ける証拠の無い現状では、説得力が無いことも確かです。それ故、遺跡に関しては諸説を元に、訪問者自
身が何であったか判断または推測されることをお勧めします。説明する者によっては、自分がタイムマシンに乗って見て来たような、
極端な自論も多いだけに、説明を受けるものは混乱することしばしばですが、彼ら自身も見た訳でないので、ここは、努めて客観的に
判断してみて下さい。




下の地図をご覧頂くと、マチュピチュ遺跡は5区域に分かれてい
ます。一般に良く知られている石の建造物が密集するのが、地図
から右半分の都市区域です。
ガイドブックやガイドの説明では、市街区域も様々な階級の人々
によって、居住区域が分かれていたとされていますが、基本的に
インカ時代は高い場所に位の高い人間が住んでいたとされるので、
ここに多くの人が住んでいたとするなら、インカの慣習に従って居
住区域が社会階層別に分別されていたと考えても疑問はありま
せん。
「神聖な広場」や「太陽の神殿」がある地域は神官などの聖職者達
の居住区域。そこから広場を挟んだ向かいの高い場所は貴族の居
住区域。また土器や青銅器が多く発見された「石臼」あたりは技術
者の居住区域と推測され、そこから更に下方に広がる荒廃した住居
跡付近は庶民の地域だったと言われています。

ただ、それを確実に裏付けるものは何もありません。長年の発掘や
調査によって、建物の構造や石組みの違い、そしてインカの習慣
や、都市・神殿建設に一定の規則を持っていると考えられる、諸概
念をもとに推測されているに過ぎないと言っても過言ではないだけに、ここは、見学者の皆さん自身が、この遺跡を調査する学者達の
ように、自分なりの答えを出して頂ければ、ばそれで十分だと言えるでしょう。






ペルーの文化庁(INC)では、訪問者の見学に対して、次のような注
意事項を設けていますので、下記を参考にして遺跡えお見学下さい。

尚、遺跡の破損については、罰金また程度によっては、禁固刑と
いう厳しい刑罰が科せられる場合もありますので、十分注意して訪
問するようお願い致します。

【訪問に際しての注意事項】

 1.飲物は水筒に入れて持参すること。また、ペットボトル等の
   場合は、必ず持ち帰ること。
 2.遺跡内へ食物を持込まないこと。
 3.バックパック等の大きな荷物を遺跡に持込まないこと。
 4.遺跡石組みの上に立ったり、登ったりしないこと。
 5.焚き火等、喫煙以外で火を使わないこと。
 6.ゴミは遺跡内のゴミ箱を必ず使用すること。
 7.注意を払って喫煙すること。
 8.遺跡周辺の生態系を、崩す原因になるような行為に関わらないこと。
 9.遺跡内を流れる水を汚さないこと。
10.矢印等で指定された場所以外には、立ち入らないこと。




では、注意事項を守って遺跡を訪問してみましょう!
終日でマチュピチュを訪問される方は、限られた訪時間で、効率良く訪問するというのが理想ですが、初めて訪問される方にとっ
て、複雑な石組みと建物で形成されたマチュピチュ遺跡は、迷路のようでうまく見学出来ない事もしばしばです。
と言う訳で、個人ガイドを頼めるような余裕がない方にお勧めなのが、英語のグループツアー参加というベストな方法です。
とは言っても、英語なんて良くわからないという方は、ここからマチュピチュ見学のルート地図と各見学スポットの説明が掲載され
ているページにジャンプしてみましょう。
英語の説明が良くわからなくても効率よく訪問できるというのが、何と言っても魅力です。

天候等によって、そのときのガイドが地図の順番とは異なるルートをとる場合も稀にありますが、地図と説明をプリントアウトすれば
大丈夫だと思いますので、是非ご参考下さい。




マチュピチュの麓から遺跡入口に続くつづら折の道路が、ハイラム・
ビンガム・ロードです。
1911年の遺跡発見から暫くは、発掘作業用に造られた小道を利
用していたようですが、1940年代にペルー政府がトラックの通行
できる道路を建設し、それを1948年に発見者ハイラム・ビンガムに
ちなんで、ハイラム・ビンガム・ロードと名付けました。
以来、麓から遺跡までのアクセスが飛躍的に発展したことで、現在
も数多くの観光客が、この遺跡を訪問するに至っています。

以下に掲載するハイラム・ビンガム・ロードの地図は、麓のアグアス
カリエンテス役場から提供された貴重な資料をもとに、出来るだけ
忠実に作成しています。2004年8月時点では、このホームページ
だけが、唯一掲載のレアなものですので、是非ご参考下さい。


           





正式名称はPueblo de Machu Picchu(マチュピチュ町)。
クスコ方面からマチュピチュに向かう鉄道の終着駅が、マチュピチュ
遺跡麓にあるアグアスカリエンテスの町となっています。

マチュピチュ遺跡が発見される前、1907年にクスコから内陸の
ジャングルにあるキヤバンバ地方のカカオやコーヒーを輸送する
目的で敷設建設が始まった鉄道工事現場沿いに集まった、労働者
やその家族が、遺跡発見後、観光地として発展するに伴い、1941
年に行政機関が置かれてから町の歴史は現在に至っています。


現在、人口約3200人、マチュピチュ発見以来、観光客の増加に伴
い、宿泊・飲食業を中心に発展を遂げてきた小さな町、アグアスカ
リエンテスには、大小数多くの宿泊施設や飲食店が並びます。
注意:海外からの観光客が安心して使えるバックパッカー旅行目的
    以外の宿泊施設に関しては、数件しかありませんので、
    これらご希望のお客様は、余裕あるご予約をお勧めします。


また、この町は鉄道だけがアクセス方法となっているだけに、まさに陸の孤島。それだけに、住民同士もお互い顔見知りという場合が
多く、町の治安も役場の警備職員の24時間パトロールを加えて、非常に安定していると言われています。

ここでは、ネットや印刷媒体でも、殆ど紹介されていない、アグアスカリエンテスの町の地図を、地元役場の協力で掲載していますの
で、是非、ご参考下さい。


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